![]() |
![]() |
知り合って10年以上になる彼女から「ロンドンに行くから案内宜しくね。」という 電話がかかってきたのは9月のことだった。「来年結婚するの。会社も今月一杯で やめるし、少し結婚前に海外を回っておこうと思って。」彼女のことはもうとうの 昔に友達と割り切ったつもりだったのに、どうして私の心はその時揺らいだのか...
雲の切れ間から覗く太陽に誘われて、私たちは近くを散歩することにした。ホテル のまん前にそびえる巨大な競技場は通称"Lord's"と呼ばれているロンドン最大規模の クリケット場。夏場にはイギリス連邦の国々と競技が行なわれ、多くの観客で にぎあいを見せる場所だが、今はひっそりとしている。
巨大なグランドを横目にSt. John's Wood Roadに沿って歩き、右に曲がって暫く 行くと、かのアビー・ロードが見えてくる。ビートルズのレコード・ジャケットの 写真と比べると少し場所が動いたという横断歩道と、今でも健在なEMIのスタ ジオの前では、いつも観光客が記念撮影をしている。彼女をお決まりのポーズで カメラに収めると、私はとっておきの散歩コースに彼女を招待した。
アビー・ロードに並行して走るハミルトン・テラスという路地。広い道なのに行き 止まりになっているために車通りは少ない。両側にはポプラだろうか、大きな木々 が枝を伸ばしている。丁度両側の木々は色づき、その路地は黄色い木のトンネルの ように見える。時に風が吹いて、黄色の紙吹雪を散らす。道の両側の家は、そのまま ミニチュアにして持って帰りたくなってしまいそうだ。
そうした家の1件の低い塀に2人で腰掛けて舞い落ちる「紙吹雪」を浴びていると、 彼女のつぶやきがとぎれとぎれに耳に入ってくる。「お見合いだったんだ。 でも楽だよ。恋愛って大変だからね。」昔の彼女からは絶対に考えられなかった台詞。 出会った時には、まだどことなくあどけなさの残っていた彼女も今年の暮には30歳に なる。
彼女のおしゃべりはまだ続いている。けれども私の目の前のポプラ並木は、いつの
まにか一緒に歩いた大学の学園祭の銀杏並木に姿を変え、私の目の前には十数年前の
彼女が微笑んでいた... (to be continued...)
曲:"Here and Now" by Luther Vandross(Album: "The Best of Luther Vandross" (1989))
"落ち葉のコンチェルト" by George Winston(収録アルバム不明)
交通案内:Picadilly Circus又はBaker Street駅より、West Hampstead方面行きバス139番に乗車、Abbey Road下車。
徒歩の場合は地下鉄Jubilee Line、St. John's Wood駅から約5分。
(c) K. Suzuki, 1995-2001