"Around the City of London" Episode VI

(1996年1月21日寄稿)

【Episode VI: ブリクストン暴動が示したロンドンの複雑な人種事情】


路地裏に広がるマーケットはカリブの国で見たマーケットそっくり


地下鉄の駅を出ると、久しぶりのブリクストンの街には、いつもの土曜日と同じ、 不思議な活気が漂っていた。使用済のOne Day Travel Card(地下鉄・バスの一日 乗り放題乗車券)をどこからかかき集めてきては売り捌いている、怪しげな商人。 何かを大声で叫んでいる路上の黒人男性。ちょっぴり体に緊張が走る一瞬だ。

久しぶりに冬らしい冷たい風の吹くメインストリートを歩いてみる。1ヶ月前の あの忌まわしい出来事はまるで存在しなかったのように、街はショッピングバッグ を抱えた地元の買い物客に溢れ、普段の表情を見せていた。暴動で壊されたという 商店のウィンドウもすっかり修復され、痕跡を見出すことすら難しかった...

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12月14日の地元紙朝刊は、「Brixtonで黒人暴動。商店は略奪され、警官は暴行を 受け大怪我」、というショッキングなニュースを競って一面で伝えた。一見米国 ほど黒人による人種差別是正の政治運動が目立たないここ英国にも、人種問題は 確実に存在する、それがはっきりと表面に現れたのがこのブリクストン暴動だった。

ことの始まりは驚くほどロサンゼルスの暴動と酷似していた。事件の10日程前に 強盗で警察に逮捕された黒人青年が拘置所の中で心臓発作で死亡したことを地元の 黒人紙が問題視した。「彼の死は警察官の人種差別による逮捕時の過剰な暴行に よるものだ」と書き立てたのである。

13日の夜は警察に抗議するために、地元の黒人活動による大規模なデモが行われて いた。その参加者の一部が暴徒化したのだ。あとは、商店を壊して中にある商品を 略奪したり、建物に火を付けたりと、ロスで起こったのと同じ光景が展開された。

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ブリクストンはロンドン南部テムズ川の右岸にある街だ。この辺りはカリブ海や アフリカからの移民労働者が多数居住することで知られ、「イギリスで最も貧しい 地域」という有り難くないキャッチフレーズをもらっている。地元の人々の間には 「自分たちは他の英国人(白人)と平等な社会福祉をしてもらっていない。」 そんな不満が常にくすぶっているのだろう。

反映する街には多くの国から労働者が流入し、不足がちの労働力を補うというのは 歴史上常に見られる現象だ。記憶に新しいところでは、バブル期の日本もそうで あったのだろう。経済が全盛を過ぎ、段々と労働力が余るようになっても、一度 やってきたこうした外国人労働者は殆どの場合母国には戻らない。いわばその街に 住みついてしまう訳であるが、既に彼ら全員を雇うだけの経済力はその国になく なってしまっている。彼らの多くはやむなく劣悪な環境の中での低賃金の危険労働 を強いられ、最悪の場合失業しどん底の生活に追い込まれることになる。NYや LAだけではなく、ロンドンでもパリでもそのような移民たちのスラムを見ること が出来る。

更にメインストリートを歩き続ける。さすがにすれ違うのは殆どが黒人だ。お店も そうした客層をあてにしてか、一風変わったものが多い。レゲエやソウルの米国 直輸入CD専門の店を見つけた。暫く中でレコードを物色する。更に行くと路地裏 に安物の古着や小物を扱う露天の並ぶミニマーケットを発見した。カリブを旅行 した時に地元のお店で見たようなアクセサリーが並んでいる店もある。

公園に出た。まるでこの街の抱える深い悩みなど知らないかのように、静まり返っ た土曜日の午後の公園。張り詰めていた私の気持ちも少し緩んでしまったようだ。

私が最初にこの街を訪れたのは、ロンドンで最高のカリブ料理とラムを提供すると 評判のレストラン"Brixtonian"で食事をするためだった。まだイギリスに来て日の 浅かった私には、この街の持つ問題を意識するだけの素養はなかった。多分、あの 暴動がなければあのまま気付かずにいたことだろう。

一見異なった人種がお互いに不干渉を貫いて、上手く共存しているように見える この街にも、常に一触即発の人種の「火種」があることを痛感しつつ、私は公園の 前から地元の買い物客で満員の、市中心部行きのバスに飛び乗った... (to be continued)

曲:"Love's in Need" by Blackstreet(Album: "Blackstreet" (1994))
  "Gangsta's Paradise" by Coolio featuring L.V.(Album:"Gangsta's Paradise"(1995))

交通案内:地下鉄 Victoria Line終点、Brixton駅下車。
     バスの場合159番南行にPicadilly Circus、Westminterより乗車。(この路線
     はテムズ河畔をTrafalgar SquareからWestminsterへと走り、その区間は
     観光バスとしても使えます。)

お店紹介:"Brixtonian", 11 Dorrell Place, Brixton, London SW9    TEL: 0171-978-8870

(c) K. Suzuki, 1996-2001



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